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エイジンのサッカーノートU


監督
 
 おそらく少年たちはボールに向かうと、プロ選手になっているのではないか。そういうイメージが見て取れるのは、印象にのこるテレビ中継の試合のあとの練習でかならずプレーを真似している。「ロベカル〜」といいながら左足で長距離シュートを打っていたりして。

 中古車販売店からもらったカレンダーに{思うようにならぬ相手によって人間は磨かれ進歩向上していく}という箴言めいた言葉があった。
「うーむ……」
 少年の場合、11人の選手中何人が思うように動いてくれるか、犬の調教ならいざ知らず、サッカーの試合という複雑なゲームを22人が入り乱れて戦うのだから、思うように事が運ぶことのほうがめずらしい。それでいて、監督という人種はなかなか磨かれないし、進歩向上もしない。かく言う自分が未だにそうだから、致し方ない。
 そもそも、勝ち負けは試合が終ってみないとわからない。これこそ、思うようにいかない不確実なことがらだ。まして「ロベカル〜」坊やたちが相手である、いい大人がムキになって、試合中に怒鳴っているのも磨かれていないなあと思う。

 ここでは、少年のチームの監督について考えてみるのですが、幸いにして私は少年から中学、高校、一般までの監督を経験しているので、それぞれの監督の行動や活動を比較検討し、多少なりとも述べることができると思う。
 
 そもそも監督とは何ぞやから、始めなければならない。日本協会のライセンス制度でS級が最も上級なのだが、その価値がいまいちはっきりしていない。Jリーグ監督は本来S級ライデンスを持つことが条件のはずなのですが。
 
 それはさておき、日本代表監督やJリーグ監督はプロフェッショナルだから、ある程度、軍隊の下士官かもっと価値が高い将軍にでもたとえられよう。その集団に対しては絶対的な権力を有している。アマチュアにおいてもプロのそれとほぼ同じような権限を持ってはいるのだが、勝利を義務付けられた立場にはない。どちらにしても、集団の競技には采配という点で監督の存在が必要になる。プロチームの監督にとっては采配と同時に重要な仕事は選手の発掘、もしくは獲得があげられる。チームがシーズンを通して勝ち進むためにはより優秀な選手が必要になる。トップクラスの監督の資質は采配と選手を見極める眼力がおおむね評価されるのではないか、もちろん勝利があっての話ですが。
 
 アマチュア、いわゆる草サッカーの監督は何が求められているのか。少なくとも日本のサッカー界に一番貢献しているのがこの階層の監督ではないだろうか。世話好きな兄貴分やおやじさん。こうした人たちがチームをまとめて、地域協会や競技会の運営に携わっているのです。おそらく、本当にサッカーが大好きな人種かもしれない。まあ、そんな殊勝な人ばかりではないのが現実ですが、草サッカーの監督を務めるような人は、人を引っ張る力はあると思う。
 現在のサッカー隆盛の時代が到来したのも、数十年来のこうした人々の支えがあったからこそ実現したと言っても過言ではない。

 さて、本題の少年の監督はいかなるものか。もう一度繰り返すが、少年サッカーはストリートサッカーを教則としなければならない。子供たちから遊びを奪ってはならない。指導者にしてみれば一度の指導ミスでもそれに遭遇してしまう子どもにとっては、大事な時期の損失になってしまう。いい迷惑ではすまされない。

 当時、監督や指導者が少年に対してある水準を設定して、そこへの到達を選手も監督もノルマとして取り組んでいた。この方法の是非は、少年野球がすでに結論を出していた。技術的水準、競技成績などが設定されたものに達しないならば失敗。達したならば成功。という単純な評価基準は「教え過ぎ」を生み、選手のオーバートレーニングを誘発し、肘や腰のスポーツ障害を発生させ社会問題にまでなった。子供の野球離れがはじまった。サッカーも今来た道を行こうとしている。
 
監督病

 中学生以上の選手を指導するには技術や理論の裏付けが必要だが、それに加えて選手の心理状態、健康状態などをかなり正確に把握する能力が必要になる。どちらを欠いても試合には勝てないし、チームもまとまらず軋轢ばかりが目立ってくる。選手と監督の不和という話しはプロでもアマチュアでも良く聞く。遊びとはいえ、かなりシンドイ役割であり、かなり勉強もしなければならない。監督を長く続ける人も少ない。

 そこへいくと少年サッカーは無邪気なものだから、監督の言うことを鵜呑みにする。多少の知識があれば何を説明しても、それらしくまとめて、
「わかったな」と聞けば、
「ハイ」と答える。ほとんどわかっていない。また、覚えていないと言う方が良いかもしれない。監督からすれば素直で従順でよろしい。プレーも言われたことを繰り返してやればかなり上達はする。試合で上手く出来れば誉められるし、叱られれば懸命にやる。かくして、少年の監督は絶好調になってゆく。
 私も少年指導の最初はこの少年と監督の関係にくすぐられた記憶がある。そして、まわりを観察してわかったことは、少年の監督になると監督病に罹ってしまう人がいることだった。もちろん、悪性ではないにしても夢中になって我を忘れるときがある。すべての監督がそうとは言えない。適度にやって子どもと楽しんでいる人が多いが、少年サッカーに監督病は多い。

原因:サッカー経験の有無に関係無く、子どもを指導して試合のベンチに座ってしまい、試合にでも勝てば、その快感が忘れられなくなってしまう。

症状:潜伏期は一生懸命やりすぎる。教え過ぎ。怒鳴りはじめる。試合に勝つとやさしくなる。休みはいつもサッカー。

   初期は自分が大監督ではないかという妄想がちらつく。

   中期は転職、自営。

   末期は破産、離婚。

治療:妻の理解を得るかサッカーから足を洗う。 

予後:ふつう社会生活が十分可能となります。

 (妄想―誤った内容を確信し、周囲の人がどんなに訂正し、非合理性を説得しても変わらないどころか、ますますそれを確信してしまう考えを妄想といいます。迷信も妄想に近いのですが、これはある地域やグループの人が伝統や習慣に基づいてもつ誤った考えで、訂正できます。―新病気と食事の事典)

 もうひとつ、
ブラジルかぶれ

原因:ブラジル人のプレーを目の当たりにしてしまう。
症状:ブラジル語を覚えようとする。ブラジル人の真似をしだす。悪化するとブラジルへ行ってしまう。そして、誰に彼にその話しをしたがる。
治療:時が解決してくれる。

 愛すべき人たちですが、まだ少年サッカーの監督で飯を食う時代ではない。もっともっと研究や研修を積んで、少年に愛されるサッカーを確立することが先決でしょう。もちろん身を滅ぼさないように。

決戦

 もう十年以上も前の話になりますが、山名FCが最もうまくいっている時でもあった。― 昭和末期の1980年代中頃でバブル期に入る前のあたりである。この時期には、経済発展、核家族化、人口の都市集中、地域社会の連帯感の希薄化、マスメディアの発展といった様々な社会的変化により青少年を取り巻く環境が変化していく。社会全体の昂揚という時代背景と呼応するように、子供たちのエネルギーの表出もすさまじい勢いをみせた。―
 
 もちろん、私の練習方法は二十年来変わらない。となれば、チームの強い弱いはその年その年で異なる。もし、達成目標を設定すれば、チーム力はある程度毎年保たれ、それなりの成績を残すことになるだろう。そうするには指導の面から見れば、その年のチーム水準によって練習の質や量が変わってくることになる。

 人間には体格や性格の差はあれど、内在するエネルギーは精神力として誰もが持つ。これは鍛えるものではなく、自然界における上質な生命の燃料と私は考える。ある少年の精神世界にしてみれば、サッカーはほんの小さな存在かもしれない。また、ある少年の世界にとってはサッカーで充満しているかもしれない。そして、その思いの分だけエネルギーをサッカーに注いでいる。誤解してはいけないのは、サッカーを上達させることが、即少年のエネルギーの増量ではないということだ。
 
 我がチームのもっともうまくいっていた時代、チーム力は日進月歩の向上をした。大会に参加しても県大会常連チームをおびやかす存在になった。

― 秋のGTV杯少年サッカー大会1次予選 ―
 6年生にとっての県大会はこの大会が最後である。春はまだ、力を出せずにくすぶっていたチームも、やる気だけは満々だった。今度の一戦が地区ベスト8を賭けた戦いで、勝てば県大会出場となる天王山。相手は県内トップクラスのチームで、選手も市内から集めるため選抜チームとほとんどかわりなかった。このチームで過去2回対戦していたが、1度目は大敗。2度目は接戦を演じるまでになっていた。相手もわれらの手ごわさには多少警戒していた。それが試合に出るのである。

 チームは勝ち進んでいる。だからといって特別な戦術練習はしない。いつもと変わらない。監督は今の子供の持っている力で最善策を考え試合に臨めばいい。はっきりしていることは、相手チームの戦力も私は良く知り尽くしていることだ。見たところ過去の対戦からあまり変化はないと踏んでいた。

 私は試合に際して戦術的な作戦はたてない。攻撃も守備も自然と出来上がってきたものをそのまま採用している。したがって、指示も相手の要注意人物の確認程度にしている。ポジションも固定せずに、最も勝てる可能性の高い布陣を試合ごとに考える。この時期にはだいたい決まっては来るが。この日は守備的ミッドフィルダーが最近めきめきと得点力があがってきたので、前に出して攻撃的ミッドフィルダーに起用した。彼には「今日は、攻撃中心に考えろ、シュートを打ちにいけ」と言った。
 いつも負けているチームだから、今度も負けるかなという弱気な声も聞こえてくるが、監督はそういう不安や緊張を適当にほぐす工夫も必要だ。
「今はおまえたちは絶好調なんだから、いつもどおりにいけ」

 試合開始

 相手の気合も違った。少年とは言えないような当たりで来る。ファールもおかまえ無し。うちも負けてはいなかった。しかし、2点を取られた。多少押されぎみではあったが、内容は良かった。

 前半終了

 全員興奮してベンチに帰ってくる。
「手で押すんだぜ、きたねえーよ」
「おれなんか、足蹴られた」

私は私語をやめさせ集合をかけた。
「まず、ファールにまけるな」
「2点取ったフォワードをおさえられるよな」
「試合は五分五分だぞ」
「相手のパス攻撃に合わせるな」
「いつものサッカーをやれ、ぜったい勝てる」
「いくぞ〜」
「お〜」  

 後半開始
 
 後半開始早々から我がチームは攻勢をかけた。作戦どおり攻撃的ミッドフィルダーがドリブルからシュートして1点を返した。要所要所を押さえれば、パターンはだいたい決まっているのだから、簡単にはやられない。俄然勢いがついた。スピードはないが、ボールをそれぞれが自在にあやつりだした。そして押され倒され、壮絶な戦いがくりひろげられた。相手ベンチはサイドコーチで騒がしくなった。こちらのベンチは皆おどりあがって応援している。

 ついに2点目のチャンスが訪れた。またしてもミッドフィルダーがペナルティーエリア付近でボールをもらうとドリブルに入った。その瞬間2人の相手に相当な勢いのタックルを受け、そのまま倒されてしまった。笛はならなかった。彼はうずくまったままだった。左手首骨折。応援に来ていた父兄がそのまま病院へ連れていった。

 なぜこうまでして勝たせなければならないのか、勝っている時は静かなベンチも押されてくると罵声やら、指示やらがやたら自分の教えた子供に飛び交う。勝つためには大人顔負けのプレッシャーをかけさせ、ほとんど同じ事しかやらせない。みんな仲間なんだぜ。もしこれが英才教育なら、ばかげた話だ。監督をやる以上はチームが勝利するための方法を最善をつくして考えるべきだ。選手の特徴をしっかりとらえ適材適所を探すのも仕事だ。試合では超然と選手に勇気を与え、勝って奢らず、負ければその積をすべて背負う気概でベンチに座ってもらいたい。サッカーはもっとスケールの大きい遊びなんだぜ。監督もそこを楽しんでもらいたい。
 
 私はそれまで押さえていた気持ちを爆発させてしまった。
「もっとファールをとってくれよ、あぶなくて試合にならないだろう!!!
思いの丈を審判にぶつけたが、

勝負はここまでだった。

 子供たちは泣いた。たおされて泥だらけになった顔が涙でぐちゃぐちゃになりながら。

「ほんとによくがんばった……」
選手の顔を見ていたら二の句が出ず、私も涙がこぼれそうになった。


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