エイジンのサッカーノートU    

プロへの道
 
 サッカーをやるのだから、少しはプロのことも触れなければならない。
プロへの道は

第1のコース。Jリーグクラブの下部組織ジュニアユース、ユースに入団。
第2のコース。各地域のトレセンに選ばれる。県選抜選手。
第3のコース。県の強豪高校に入学して全国大会に出場。
といくつかあるが、プロをめざすのならばプロで即戦力になるプレーを常にこころがけること。目先のことにこだわっていると、自分の本来持っている優秀さを鈍らせる原因になる。 
いつも攻撃的選手になること―持ち合わせた才能が経験を積むこと(プロの試合)によって開花していく。
 選ぶ方にとっても選手の実力を見抜くことはやっかいなことだ。失敗はすぐにチームの成績に影響してくる。そのために、Jリーグの下部組織で選手の育成をすることが、最も効率が良い。
 現在は高校サッカーとユースサッカー出身者が並んだように見える。Jリーグで活躍する若手は数年後にはユースサッカー出身者が占めるようになるだろう。これは、Jの理念でもあり、時代の趨勢といっていい。いつまでも高校野球と同じステージでは考えられない。このことは、高校サッカーの監督が一番危機感を持っている。優秀な選手は当然、Jリーグのユースを目指すため、高校には選手が集まらなくなる。高校の試合方式が選手育成のためにあるのではなく、高校生のチャンピオンシップ(負けると終り)にあるため、選手の成長を待つ時間がない。同じ事は中学校にもいえる。その中で選手は自分を見失わずに、プロを目指すことが、最も大切ではないか。これがなかなか難しい。
 第1と第3のコースは狭き門といっていい。選手の将来性を見越して入団させるというより、やはり、現在の状態の良い選手から選ぶのはどこのチームも変わらない。だからと言って道は閉ざされたわけでもない。第2のコースに意外と熱い視線が注がれているからである。そのからくりは身近な者がプロになったときにわかるもので、ここには深く言及しない。


 まず、地域の指導者を唸らせるプレーヤーになること、これが先決だ。自分が他の選手より優れているという見た目で自己評価せず、試合に出れば相手の選手も監督もだまらせてしまう選手になることだ。
 監督の第1の作戦はキープレーヤーを押さえることで、自軍の最高のプレーヤーを彼に投入する。あるいは、2人とか3人のマーカーを付ける。こうした行為はその選手を認めていることになる。つまり、この壁を難なく乗り越えていけば、自ずと道が開けてくる。全国にはそういう選手がたくさんいる。

 対戦した監督や選手が、そして地元の誰もが認めるところの選手になることはプロへの道の大きな要因のひとつといえる。

最後のアマチュア小島伸幸選手

 Jリーグが誕生してベルマーレ平塚は1年遅れてアマチュアからJリーグに参入してきた。その立役者の一人が小島選手だった。それまで、フジタ工業の社員だった選手が、ベルマーレから契約金をもらうプロに転向した。小島選手はそのままフジタの社員にのこり、出向という形で出場していた。報道は「最後のアマチュア選手」と奇異に感じて記事を書いたようだ。
「どうして、プロ契約をしないのか」と私は訪ねた。
「プロはいつ首になるかわかりません。社員でいれば給料は少ないけど、定年まで働けるから安心でしょ」という答え。

 彼の中学時代はバックからフォワードまですべてのポジションを経験した。特に3年生の時にはフォワードでポイントゲッターであった。ところが、ボールで遊んでいるときは、ゴールキーパーの真似事をして横っ飛びのセービングばかりやっていて、喜んでいた。
 中学最後の大会の地区予選、どちらも勝つと1位になる最終戦、私は小島選手をゴールキーパーに抜擢した。
「え〜、おれがやるの」
「点を取り合ったら向こうの方が強い、お前なら防げる、カウンターで1−0で勝つ」
「よっしゃー」
 相手の猛攻は凄まじかったが、こちらはカウンターが決まらず、0−0の引き分け。得失点差で2位。これから彼のキーパーの生活が始まった。

 彼が高校3年のとき、進学か就職(日本リーグのオファーが2つ)かで悩んでいたとき、私は本気で
「ブラジルのプロテストを受けにいかないか」と聞いたことがあった。
「ブラジルでもノブのようなキーパーはいないぞ」
「やだよ〜、一人じゃ行けないよ」と真顔で答えていた。
 彼の持っている才能は誰もがほっとくわけにはいかない。まったく、プロを死にものぐるいで目指す若者たちにあって、この呑気さには閉口したものだ。
 
 ただ、彼のやさしさはアマチュアとかプロを超えたサッカーの世界があるのかもしれない。

 中学生の年代は人生のうちで最も大切な時期かもしれない。花にたとえるなら、すくすくと茎をのばし、つぼみを膨らませるときに思える。いつ咲くのやら。遅咲きでも、15,6歳になるとその片鱗を見せ始める。彼らには社会というものがかなり視野に入ってきて、自分の人生を社会の中でとらえることが出来るようになる。

 「サッカーのプロ選手になりたい」から、自分はなれるかという自問にうつり、やがてやってみようという結論に達するまで、願わくば良い指導者がそこにいてほしいものだ。

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